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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)2923号 判決

原告

岡島春子

ほか一名

被告

大阪府

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金七、三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年七月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

亡岡島弘次(以下亡弘次という。)は、昭和四六年二月五日午後二時五五分ころ、大阪市大淀区中津南通四丁目八番地先三叉路交差点(以下本件交差点という。)西側の南北に通ずる横断歩道(以下本件横断歩道という。)上を南側から北側に向かい歩行中、本件交差点に北から進入し、時速四〇粁で西に右折進行してきた孟山こと孟又栄(以下単に孟という。)運転の普通貨物自動車(大阪四リ一一六三号)に横断歩道上ではねられて路上に転倒し、急性硬膜外血腫の傷害を受け、右傷害のため、同年三月一日午前一一時一〇分、大阪大学医学部附属病院で死亡した。

2  責任原因

(一) 被告の本件横断歩道等の設置管理

本件事故現場道路は大阪府道であつて被告の機関である大阪府知事において管理するものであり、本件横断歩道および本件交差点に設置されている信号機は、被告の機関である大阪府公安委員会が、その権限にもとずき設置し、管理するもので、いずれも国家賠償法二条所定の公の営造物に該当する。

(二) 本件横断歩道および信号機等の設置管理の瑕疵

本件交差点は三叉路で、車両の交通量は極めて多く、歩行者の通行量もかなり多いのであるから、右折車、左折車および直進車の車両の流れを円滑にすると同時に歩行者の横断歩行の安全性を確保する見地から信号機、横断歩道等を設置して万全を期さなければならないところ、本件横断歩道等には次のような瑕疵があつた。

(1) 本件横断歩道設置の瑕疵

本件交差点では、南から西への左折車は常に進行できるような交通規制が行われ、また北から西への右折車は対面直進車の進行状況を見ながら右折進行する状況になつているが、本件横断歩道は、本件交差点西側に南北に向けて設置されているので、右の右折車、左折車は、右折ないし左折をすると同時に本件横断歩道の歩行者のため一時停止をしなければならない。ところが、本件横断歩道は、交差点内に設置された違法かつ極めて危険な横断歩道であり、仮に交差点内でないとしても交差点に極めて近接して設置されており、右折車、左折車ともに横断歩行者のため徐行ないし一時停止する空間帯がないので、もし、一時停止すれば、対向直進車との衝突の危険があり、また、対向直進車との衝突を避けようとすれば、横断歩行者との衝突の危険が極めて大きい。

更に、本件交差点における北から西への右折進路は、ゆるやかな右カーブになつているため右折車が相当なスピードを維持したまま右折しうる地理的条件を有しており、かつ右折開始地点から本件横断歩道までの距離が非常に短いため、右折車としては直進車の有無に注意を奪われ、本件横断歩道を十分注視しえない状態で本件横断歩道にさしかかることになる。また歩行者の側からみても、信号のみならず、右折、左折車の有無を確めてすばやく渡らねばならない極めて危険な横断歩道である。

そこで、本件交差点においては、南北の横断歩道を本件横断歩道の位置より約一〇米西寄りに設置すれば一時停止のための空間帯が確保できるから、これにより、車両通行の円滑を期すことができると同時に、本件事故のような車両と横断歩行者との接触事故を未然に防止することができるのであつて、そのような位置に横断歩道を設置しても本件交差点の交通規制に特に支障はないのであるから、南北道路に極めて接近した位置に設けられている本件横断歩道は、その設置に瑕疵があるものというべきである(ちなみに、本件交差点附近が交通上極めて危険な場所であることは、その北方約一〇〇米の地点に「この先事故多発場所、注意」なる旨の交通標識が設置されており、本件交差点の北西および南西の歩道沿いにある車止めコンクリート等が交通事故多発のため破損されていることによつても明白である)。

(2) 信号機の設置の瑕疵

横断歩道は、歩行者の道路横断の安全を確保するために設けられるものであるから、横断歩道を横断する歩行者の規制を信号機により行なう場合には、信号機の存在およびその指示内容を歩行者が一見して明白に看取することができるような位置に信号機を設置しなければならない。

ところが、本件交差点において、本件横断歩道を南から北へ横断する歩行者を規制する信号機は北行車両を規制する信号機が兼ねており、歩行者にとつてその位置が認識し難く、さらに、右信号機による信号は横断歩行者の歩行を指示すると同時に車両の右折進行、左折進行を指示するようになつているので、横断歩行者としてはいずれの信号機の指示により横断してよいのかわからないのであつて、右のように、横断歩行者が、信号機の位置および指示内容を認識することの極めて困難な本件信号機の設置には、歩行者の安全を無視した極めて重大な瑕疵があるものというべきである。

(3) 信号の指示内容の瑕疵

本件交差点での信号機の指示内容によれば、南(梅田方面)から西(大淀北交差点方面)への左折車は前面の信号が赤であるか、青であるかを問わず常に左折進行することができ、本件横断歩道を南から北に横断する歩行者を規制する信号(前記のとおり自動車用と歩行者用の双方を兼ねるものである。)が青のときは、同時に北(十三大橋方面)から西(大淀北交差点方面)への右折車も右折進行できる(なお、この右折車に対しては、信号青、黄の場合はもとより赤の一部にあつても右折できるような信号の表示がある。)状態にある。

したがつて、本件横断歩道を南から北に横断する歩行者を規制する信号が青のときは、横断歩行者、北から西への右折車、南から西への左折車、および南北の直進車が同時に進行することになる。そのため、北から西への右折車は、南から西への左折車および南から北への直進車との衝突を避けながら右折しなければならないので、右折車の運転者としては、本件横断歩道の歩行者に対する注意を怠りがちになる結果、歩行者は常に車両との衝突の危険の大きい状態で横断しなければならないことになる。そして、本件交差点では右折車の交通量が一番多いのであるから、右の危険を避けるためには、右折車を規制するような信号指示(たとえば、右折車が進行できる場合を黄色のときだけに限れば直進車との交錯が回避されるので本件交差点の危険状態はかなり緩和されるであろう。)をなすべきであるのに、逆に、前記のとおり、右折車を優先するような信号指示が行われている。右のような交通規制は自動車ごとに北から西への右折車の流れを円滑にすることのみを念頭におき、横断歩行者の安全を無視するものであるから、本件信号の指示内容には重大な瑕疵があるものというべきである。

(三) 右瑕疵と本件事故発生との因果関係の存在

本件事故は右に述べた横断歩道および信号機等の設置管理に瑕疵があつたため、これが原因となつて発生したものである。

(四) よつて被告は原告らに対し、国家賠償法二条に基ずき、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 附添看護費用および宿泊費 七四、二五六円

(二) 雑費 一五、八八九円

(三) 葬儀費用(原告ら両名の損害) 一五一、一八〇円

(四) 亡弘次の逸失利益

亡弘次は事故当時三二才で、梅田舞台株式会社に勤務し、年間七六六、三八〇円の給与を得ていたところ、同人の就労可能年数は前記死亡時から三一年、生活費は収入の三分の一と考えられるから、同年の死亡による逸失利益の事故当時の現価を、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、九、四一一、六五七円となる。

(五) 亡弘次の慰藉料

二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(六) 原告らの固有の慰藉料

原告岡島春子は亡弘次の母、原告岡島恵美子は亡弘次の妻であるところ、亡弘次の死亡による原告らの固有の慰藉料額は各自四、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(七) 相続

原告らは亡弘次の法定相続人であるところ、亡弘次の死亡により、同人の右(一)、(二)、(四)、(五)の損害賠償請求権の合計一一、四六五、九一二円を法定相続分にしたがい、各二分の一宛相続した。

4 損害の填補

原告らは、前記孟の自賠責保険から五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けた。

5 結論

よつて、原告らは各自、被告に対し、前記損害金合計七、三〇八、四九六円の内金七、三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年七月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は衝突地点の点を除き認める。衝突地点は本件横断歩道上ではなく、本件横断歩道附近である。

2  同2(一)は認める。

3  同2(二)のうち、本件横断歩道が南北に向けて設置されていること、本件横断歩道を南から北に横断する歩行者を規制する信号機が兼ねていること、本件交差点の信号の指示内容が同2(二)(3)記載のとおりであることは認め、その余は否認する。

4  同3のうち、原告らの身分関係は認め、その余は争う。

5  同4は知らない。

三  被告の主張

1  原告の本件横断歩道および信号等の設置管理の瑕疵の主張に対する反論

(一) 本件交差点の状況について

本件交差点は変形の三叉路交差点であり、その北側道路(国道)は南行三車線、北行二車線、その南側道路(国道)は南行四車線、北行二車線、その西側道路(大阪府道)は西行四車線、東行一車線となつている。

本件交差点の交通量は、車両についてはその通行が激しいところであり、しかも、北側道路から右折西行および直進南行の車両が圧倒的に多く、南側道路からの車両は附近にバイバスがあるため比較的少ない。これに対し、歩行者は、本件交差点が一つの大きな橋のようになつており、その下にも通路があること、附近に人家が少ないことなどのため、非常に少なく、本件横断歩道については、昼間一時間に一〇人前後の歩行者が通行する程度である。

(二) 本件横断歩道の設置場所について

一般に、横断歩道は車両の交通の流れおよび横断歩行者の交通の流れを考慮し、それに適合した最も利用されやすい位置に設置されるのであり、この観点から通常横断歩道は交差点に接して設置されているのである。もし、交差点から相当離れた位置に横断歩道を設置すれば、歩行者に非常に遠回りを強いることになり、いきおい、歩行者が横断歩道以外の交差点に接する道路部分を横断しがちとなり、むしろ、事故発生が多くなることが予想され、また、自動車にとつても、交差点をまがりアクセルを踏んで加速したところで横断歩道にかかることになり、むしろ、危険性を増すことにもなるのである。しかも、本件横断歩道についていえば、本件交差点は変形三叉路でカーブ地点の曲りを幅広くゆるやかにとつてあるため、南北に通じる道路(国道)の車道左側端を結んだ線と本件横断歩道との間に南側で八・四米、北側(中央線位置部分)で一二・五米もの間隔があり、自動車でいえば南側では二台、北側では三台が縦に並べるだけの余地があるのであつて、原告が本件横断歩道に欠如していると主張する車両の一時停止のための空間帯は十分確保されているのである。

原告は本件横断歩道を西へずらすべきであると主張するが、本件交差点から西へ向う道路はかなりの下り坂となつており、もし横断歩道を西へずらすと、見通しが悪くなる上、車両にスピードがつき、尚更危険である。

以上のとおりであるから、交差点に接して横断歩道が設置されていること自体をもつて瑕疵があるということはできず、また、車両の一時停止のための空間帯が欠如しているという原告の主張も失当である。

(三) 信号機の設置場所について

本件横断歩道を南から北に横断する歩行者を規制する信号機は北行車両を規制する信号機と共通のものであり、横断歩行者は一目瞭然にこれを認識することができるのであつて、何ら認識困難な位置に設置されたものではない。

(四) 信号機の指示内容について

原告らは、本件横断歩道の信号指示が青信号のときに同時に、右折車、左折車も進行できるようになつている点においても通常車両の青信号と横断歩行者の青信号とが同時に指示されているのであり、したがつて、横断歩行中に車両が右折してくることは常に生ずるのであつて、本件交差点のみが特別な信号指示をしているわけではない。もちろん、原告の主張するように、横断歩行中はすべての車両を停止するのが歩行者に対する事故防止という点では理想的であるが、すべての交差点でそのような信号指示をすると交通停滞は著しいものとなり、そのことが他の事故の誘因ともなりかねないのであつて、全体の交通行政からすれば、安易に右のような信号指示はなし得ないのである。そのために道路交通法は、横断歩道における歩行者の優先を規定している(同法三八条)のであつて、右のような信号指示でないことをもつて直ちに瑕疵があるということはできない。ことに、本件横断歩道の歩行者は前記のとおり極めて少ないのであるから、本件交差点の信号指示には何ら瑕疵はない。

また、本件交差点の南側道路からの車両が常に左折可能と標されていることも、本件交差点の前記のような道路状況および交通量を勘案してなされているのであつて、その合理性、相当性には何ら疑いはなく、右の指示をもつて瑕疵ということはできない。

以上のとおりであるから、被告には本件交通事故については何ら責任がない。

2  本件事故の発生と道路状況との因果関係

本件事故は、孟が普通貨物自動車を運転して本件交差点を北から西に右折しようとした際、徐行したうえ、進路前方を注視し、本件横断歩道における安全を確認して進行すべき注意義務を怠り、左方に気をとられたまま時速四〇粁で漫然右折した過失により、青信号で横断歩道附近を横断していた亡弘次の発見が遅れ、急制動の措置をとつたが及ばず衝突したものである。しかも、事故当時は南からの対向車両はなく、同方向進行車も前方約三〇米先に二、三台走つていた程度の閑散とした交通状態であり、天候も曇天であつたから、北から西に右折するに際し本件横断歩道附近の安全を確認するについては何の支障もない道路状態であつた。したがつて、本件事故は、孟の徐行を怠つたうえの脇見運転という一方的、全面的な過失により生じた事故であつて、横断歩道の設置個所、信号機の設置個所、指示内容等には全く関係のない事故である。

3  原告らと孟との和解の被告に対する効力

原告らは昭和四六年一二月二四日、本件事故につき本件訴訟のもと相被告であつた孟と三、〇〇〇、〇〇〇円で訴訟上の和解をし、その余の請求を放棄してこれを免除したが、右の免除の効果は被告にも及ぶものと解すべきである。すなわち、本件事故は前記のとおり孟の全面的な過失により生じたもので、被告には全くその責任がないことを強く主張するものであるが、いずれにしても、少なくとも被告と孟との関係では被告の負担部分は零とみるべきであり、このような事件において原告らは孟と和解をしたのであるから右和解による免除の効果は被告にも及ぶと考えるべきである(大判大三・一〇・二九、東京地判昭三九・五・九等参照。)。

四  被告の主張に対する原告らの認否

被告の主張はすべて争う。

理由

第一事故の発生

請求原因1(事故の発生)の事実は、衝突地点を除き当事者間に争いがない。そして衝突地点は後記認定のとおりである。

第二責任原因

一  被告の本件横断歩道等の設置管理

請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故当時の本件交差点およびその附近の道路等の状況

〔証拠略〕によれば、

1  本件交差点は、ほぼ北(十三大橋方面)から南(梅田方面)に通ずる歩車道の区別のある舗装道路(一般国一七六号線、以下本件国道という。)と、これとほぼ西の方向に交わり、大淀北交差点方面に通ずる歩車道の区別のある舗装道路(大阪府道大阪伊丹線、以下本件府道という。)とが交差する別紙見取図の形態の、信号機により交通整理の行われている三叉路交差点(中津浜通交差点、なお、正確には本件交差点東側に、本件国道とは別の南に向う幅員の狭小な南行き一方通行路が接続しているが、右道路の存在は本件争点の判断には関係がないので、以下この点は度外視するものとする。)であつて、本件国道および府道の幅員、通行車線数、道路標識、道路標示、信号機、横断歩道等の設置状況等本件交差点およびその附近の道路の状況は、別紙見取図に表示したとおりであり、本件国道は時速五〇粁の、本件府道は時速四〇粁の各最高速度制限が行われていること。

2  本件交差点は、交差点全体が陸橋状の高架となつており、附近に人家は少なく、また、本件交差点の下にも通路があり、本件交差点西側の本件横断歩道の南側および北側の歩道脇にある階段を昇降し、右通路を通つて反対側に渡ることができること。

3  本件府道は、本件交差点から西の大淀北交差点に至るまでかなりの下り勾配となつていること。

4  本件交差点の北西および南西の角はいずれも切り取られて大きなすみ切りとなつており(別紙見取図参照)、北西角および交差点北側の本件国道西側には北から西南方への見通しを妨げるような人家または障害物はないので、本件国道を北から南に向つて進行する場合の本件交差点右方の見通しは極めて良好で、本件交差点北側の右折車のための一時停止線附近ではもちろん、交差点の相当手前(北方)から本件横断歩道を望見することが可能であり、また、本件交差点南側の本件国道西側には交差点からやや離れた位置に大阪市バスの営業所の建物があるが、他には見通しを妨げる障害物はなく、右のとおり南西角のすみ切り部分が大きいので本件国道を南から北に向つて進行する場合の本件交差点左方の見通しも極めて良好であること。

5  本件交差点を北から西に右折する車両が、本件横断歩道手前で、対向する南から北への直進車の進行を妨げることなく一時停止することが可能な道路部分は、おおむね別紙見取図赤斜線部分であり、北側(本件府道中央線と本件横断歩道が交わる部分)で約一二・五米、南側で約八・四米あること。

6  本件交差点は、車両の通行の極めてひんぱんな交差点であり、特に北から西への右折車両が多く、本件事故のころ、その通行量は午後〇時から四時までの間の平均で一時間当り約九〇〇台程度であつたが、歩行者の通行は、前記のとおり本件交差点が高架で附近に人家が少ない関係上極めて少なく、本件横断歩道を横断する歩行者数は、前記日時の一時間当り平均で約一〇人程度にすぎなかつたこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  本件事故発生の態様

〔証拠略〕によれば、前記孟又栄は、昭和四六年二月五日午後二時五五分ころ、前記普通貨物自動車を運転し、本件国道を北から南に向つて進行して時速五〇粁で本件交差点にさしかかつたところ、対面の信号が青で、交差点附近の車両の交通が少なく、直前には先行右折車もなく、対向車も途切れていたのを認めたので、西に右折しようとして道路中央線附近を時速約四〇粁に減速して進行し、本件交差点北側にある右折車のための停止線の約五・六米手前でハンドルを右に切り、右小回りで右折を開始したが、その際交差点南からの対向車の有無をさらに確めようとして左前方(本件交差点南方の国道方向)にのみ気をとられ、右前方(西方の本件府道方向)の注視がおろそかになつたため、折から亡弘次が本件横断歩道のすぐ西側附近を青信号に従つて南から北に向つて歩行しているのを約九米前方に至つて初めて発見し、直ちに急制動の措置をとつたが及ばず、本件横断歩道の西側約一米附近の地点で自車左前部を同人に衝突させたことが認められ、右認定に反する証人孟又栄の証言の一部は前掲証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

四  本件横断歩道および信号機等の設置管理の瑕疵の有無

1  本件横断歩道設置の瑕疵の有無

まず、原告らは、本件横断歩道の東側に右折車または左折車の一時停止のための空間帯がないので、本件横断歩道は歩行者にとつて危険であると主張するが、前認定の事実によれば、本件横断歩道東側に前記のとおりのかなり広い一時停止のための空間帯があるのであるから、相当台数の車両が右の部分に一時停止することが可能であると認められ、また、前記のとおり、交差点の南北から本件交差点西側の見通しは極めて良好なのであるから、車両運転者が右折または左折を開始する前に、本件横断歩道上の歩行者の有無を十分に確認することができ、かつ前記空間帯に一時停止中の車両があるかどうかも事前に十分確認することができるのであるから、もし、危険が予想される場合には一時右折を見合わせて待機することも可能であり、いずれにしても、本件横断歩道が原告らの指摘する一時停止のための空間帯に関連して特に横断歩道としての通常の安全性に欠けるところがあるとはいうことができない。もつとも、本件交差点は、北西および南西角がそれぞれ大きくすみ切りされているため、そのすみ切り部分をも道交法上の交差点の範囲に含めると、本件横断歩道の一部(南方部分)は交差点の範囲内に存在することになるが、本件交差点がすみ切り部分の甚だ大きい特殊な三叉路であること、前記のとおり、右、左切りに際しての見通しが極めてよく一時停止のための空間帯もかなりの広さがあることを考えあわせると、本件横断歩道の一部が道交法上の交差点の範囲内に存在することを以て、直ちに瑕疵があるものとはいうことができない。

更に、本件交差点における北から西への右折進路がゆるやかな右カーブになつていることは、原告ら指摘のとおりであるが、そのこと自体は道路の瑕疵となるものではなく、右折開始地点から本件横断歩道に至るまでの距離も、他の一般の交差点に較べて特に短かいものとは考えられず、また、右折車が右折開始にあたり直進車の有無に注意を払うべきことは当然の事柄であつて、本件交差点だけが他の一般の交差点に較べて特に右方への注視が困難になる事情はない。むしろ、本件交差点はその西北角が大きく角きりされており、北から西への右折進路がゆるやかな右カーブになつていて、右方に対する見通しも極めて良好なのであるから、対向車の有無を確めた上右折を開始すれば、無謀な運転をしない限り本件横断歩道に対する注視は十分に可能である。また、前記検証の結果によれば、本件交差点における南北信号が青に変つた直後は、北行の直進車のために北から西への右折車が見られるため、歩行者は右折車を顧慮することなく本件横断歩道上を横断できること、ただ北行直進車が途切れてからは右折車が相次いで右折し、歩行者が稀にしかないこともあつて右折車は横断歩道上に歩行者がないときには横断歩道手前で徐行せずに進行することが多いので、その際に、横断をはじめようとする歩行者は右、左折車の有無に相当の注意を払つて横断しなければならないことが認められるが、後者の場合においても、横断歩道や歩行者の存在を無視した無謀運転者がいる場合は格別であるけれども、そうでない限り本件横断歩道が他の一般の交差点における横断歩道と較べて特に通常の安全性を欠くものとは認められない(前記のような無謀運転者を想定するかぎり、すべての横断歩道は常に危険であり、全部瑕疵があるといわねばならないが、道路の瑕疵の存否の判断については、このような想定を前提とすべきものがないことはいうまでもない)。

なお、原告らは、南北の横断歩道を本件横断歩道の位置より約一〇米西寄りにずらすべきであると主張するが、前示のとおり、本件横断歩道については、すでに一時停止のための空間帯が確保されており、交差点の南北からの本件横断歩道に対する見通しも極めて良好なのであるから、横断歩道の位置を更に西方へずらすことが必ずしも必要であるとはいうことができず、むしろ、〔証拠略〕によれば、そのような位置に横断歩道を設置すると横断歩道が交差点から遠くなるため、歩行者がこれを利用しないおそれがあるものと認められ、また、前記のとおり、本件府道は本件交差点から西の大淀北交差点方面にかけてかなりの下り勾配になつているため、本件横断歩道を西へずらすと、かえつて交差点の南北からの横断歩道に対する見通しが悪くなる可能性も考えられ、かつ右折完了後の加速地点に横断歩道が位置することにもなるから、原告の主張する位置が横断歩道の設置場所として本件横断歩道以上に適切であるものとは必ずしもいうことができない。

してみると、結局本件横断歩道上については、その設置に瑕疵があるものということはできない。

2  信号機の設置の瑕疵

本件横断歩道を南から北に横断する歩行者を規制する信号機は北行車両を規制する信号機が兼ねていることは当事者間に争いがない、ところで、各検証の結果によれば、本件横断歩道を南から北に横断する歩行者を規制する信号機は、通常の三燈式の信号機で別紙見取図赤丸印の位置に南に向けて設置され、本件横断歩道の南端およびその附近の横断歩道上からよく見える位置および状態に設置されていること、通常人であれば右信号機が本件横断歩道の歩行者に指示を与える信号機であることを明白に看取することができ、かつ、その指示内容を一見して明瞭に認識できることが認められるので、原告らの信号機の設置の瑕疵の主張は理由がない。(なお前記認定の事実によれば、亡弘次は右信号機が青信号を表示しているのを現認した上で、横断歩行中であつたことが明らかであるから、右信号機の設置場所と本件事故発生との間には全く何の因果関係もないことが明白である。)

3  信号の指示内容の瑕疵

本件交差点における信号機の指示内容が原告主張(請求原因2(二)(3))のとおりであることは当事者間に争いがない。原告は右のような信号の現示方式は横断歩行者に対する危険が大きく信号機の指示内容に瑕疵があると主張するが、他の通常の十字路交差点においても、横断歩行者の青信号とこれと同方向の車両の青信号とが同時に指示されるため、歩行者が青信号に従つて横断歩道を横断歩行中、右折車または左折車が、右、左折のため横断歩道に向つて進行して来ることは常に生じているのであるから、右の点については本件交差点は他の一般の交差点と特に異なつているわけではない。しかも、前記のとおり本件交差点の南北から本件横断歩道に対する見通しは良好なのであるから、車両運転者は右折または左折に先立つて本件横断歩道の安全を十分に確認することができ、さらに、一旦右折または左折を開始してからも本件横断歩道東側に前記のような空間帯があるのであるから、無謀運転者でない限り、前方を注視して歩行者を発見した場合には横断歩道手前で一時停止することも十分可能なのであつて、右のような本件交差点の具体的状況に照らすと、北から西への右折車が特に多いという事情を考慮してもなお、本件信号の指示内容に、いまだ原告ら主張のような瑕疵があるものとはいうことができない。

なるほど原告主張の如く本件交差点において、本件横断歩道の歩行者を規制する信号が青の場合には、すべての車両の進行を停止するかあるいは北から西への右折車の進行を停止するような特別の現示方式を採用すれば、歩行者の安全はより確保されるであろうことが推測されるけれども、前示のような本件交差点の状況を考えると、本件交差点について特に右のような現示方式を採用しないからといつて、直ちに信号の現示方式に瑕疵があるとはいえないものというべきである。

五  本件事故発生の原因

前記認定の事実によれば、本件事故は、孟又栄が普通貨物自動車を運転して本件交差点を北から西へ右折するに際し、左前方のみに気をとられて右前方の注視を怠つたまま漫然時速四〇粁の速度で進行した過失によつて発生したものであることが明らかであるが、当時は車両の交通が少なく対向車や直前の先行右折車もなかつたのであるから、孟としては十分本件横断歩道を注視することができたものであり、もし孟が自動車運転者としての当然の義務である前方注視義務を尽していたならば、孟は本件横断歩道附近を北へ向つて歩行中の亡弘次をかなり早期に発見できた筈である(亡弘次が南から突然走り出てきた形跡はなく、また衝突地点は横断歩道南端から北へ約一〇米以上離れているのであるから、孟が右折開始後多少なりとも横断歩道を注視しておれば亡弘次を容易に発見できた筈である)。そして孟が亡弘次をより早期に発見し本件横断歩道の手前で減速または一時停止をしていたならば(当時先行右折車はなく、横断歩道手前で一時停止が可能であつたことは極めて明白である)、本件事故は絶対に起らなかつたものである。すなわち、本件事故は横断歩道の設置場所や信号の現示方式とはかかわりなく、専ら孟の前記過失によつて発生したものであつて、孟が通常の自動車運転者としての注意義務を遵守していたならば到底発生しなかつたものであり、結局本件事故の発生と本件道路状況等との間には、因果関係がないものといわねばならない。

第三結論

以上のとおり、本件横断歩道や信号等には原告主張のような瑕疵がなく、かつ事故との間に因果関係が存在することも認められないから、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 小田泰機 柳田幸三)

見取図

〈省略〉

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